浦和地方裁判所 昭和55年(ワ)1210号 判決 1984年4月27日
原告 日暮はな
<ほか四名>
右原告ら訴訟代理人弁護士 稲益賢之
被告 吉川町
右代表者町長 浅子鴻
右訴訟代理人弁護士 小川吉一
右訴訟復代理人弁護士 伊藤昌釭
被告 日本道路公団
右代表者総裁 高橋国一郎
右訴訟代理人弁護士 馬場正夫
主文
一 被告吉川町は、原告日暮はなに対し金二六二万三四九六円及びこれに対する昭和五四年一二月三一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告日暮孝春、同日暮正二、同日暮好孝及び同大野みつ枝に対しそれぞれ金九四万一二四八円及びこれに対する昭和五四年一二月三一日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らの被告吉川町に対するその余の請求及び被告日本道路公団に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告らに生じた費用の二分の一と被告吉川町に生じた費用を五分し、その四を原告らの、その余を被告吉川町の負担とし、原告らに生じたその余の費用と被告日本道路公団に生じた費用を原告らの負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自、原告日暮はなに対し金九三五万円、同日暮孝春、同日暮正二、同日暮好孝及び同大野みつ枝に対し各金三七五万円と右各金員に対する昭和五四年一二月三一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 第1項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(被告吉川町)
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(被告日本道路公団)
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 担保提供を条件とする仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告日暮はな(以下「原告はな」という。)は、訴外日暮正春(以下「正春」という。)の妻であり、原告日暮孝春、同日暮正二、同日暮好孝及び同大野みつ枝(以下それぞれ「原告孝春」、「原告正二」、「原告好孝」、「原告みつ枝」という。)はいずれも正春の子である。
2 本件事故の発生と正春の死亡
正春は、次の事故により死亡した。
(一) 日時 昭和五四年一二月三〇日午後一一時三〇分ころ
(二) 場所 埼玉県北葛飾郡吉川町大字三輪野江字蓮沼二三一七番地一先用悪水路(以下「本件用悪水路」という。)
(三) 態様 正春は、足踏二輪自転車に乗り、同所二三一五番地一有限会社鈴木工業吉川工場前の幅員約四・六メートルの町道(以下「町道三一号線」という。)を西進して本件用悪水路に差しかかった際、右用悪水路の西側に沿って北方に通ずる幅員約三メートルの町道(以下「丁道路」という。)へ右折しようとしたが、誤って、右用悪水路にかかる町道橋(以下「本件町道橋」という。)の手前右のたもともしくは本件町道橋の上から、本件用悪水路に転落した。
(四) 結果 正春は、同所において、同日時ころ溺死した。
3 被告らの責任原因
(国家賠償法二条一項)
(一) 本件用悪水路、町道三一号線、丁道路及び町道橋は、いずれも被告吉川町(以下「被告町」という。)がその用に供する公の営造物であり、また、被告日本道路公団(以下「被告公団」という。)は、本件町道に沿って高架式の常磐高速自動車道を建設する際、被告町との協議に基づき、その付帯工事として町道三一号線、丁道路及び本件用悪水路の改修工事を施行した者である。
(二) 次に述べるように、町道三一号線、丁道路、町道橋及び用悪水路には、設置又は管理の瑕疵がある。
本件事故は、右の各施設の瑕疵によって発生したものであるから、被告町及び同公団は国家賠償法二条一項により本件事故のため原告らに生じた後記損害を賠償する責任がある。すなわち、
(1) 本件用悪水路は、内側幅員二・三メートル、深さ(笠木の上まで)約一・九メートルの無蓋開渠であり、その上に約一・四メートルの間隔で幅約一〇センチメートルのコンクリート製の梁が架設され、両岸はコンクリート壁で垂直に仕切られている。
流水量は、農閑期(本件事故当時)でも水深約一・二メートル、農繁期には成人の背丈を超える水深となる。
従って、水路に転落した場合、溺死する危険性が高い。
(2) 本件用悪水路の両岸に設置された笠木の上縁と、両岸の地面(町道三一号線及び丁道路を含む。)の高さは同じであり、本件事故当時、町道橋には欄干、縁石などの仕切りもなく、夜間や濃霧が発生した時には路面と水路との識別がしにくく、歩行者や自転車にとっては、方向を誤れば本件用悪水路に容易に転落する危険性があった。
(3) 本件事故現場附近は、常磐高速自動車道の高架の真下にあって暗いうえ、附近一帯は晩秋から冬にかけて濃霧が多発する地帯である。
(4) そこで、本件用悪水路附近の転落防止設備としては、用悪水路の両岸及び町道橋の両端に高めの縁石、ガードレール、欄干あるいは、少なくとも高さ六〇センチメートルの鉄製支柱を埋設し、これらをパイプもしくはロープで連結するか、または防護柵を設置するか、水路上に防護金網を張る措置が必要であった。
また、町道三一号線または町道橋には、水路の識別のため、街灯を設置すべきであった。
しかるに、被告らは、このような転落防止のための措置を講じなかった。
(民法七〇九条)
(三) また、被告公団は、昭和五三年一一月六日までに完了した本件用悪水路及び町道橋の改修工事により、本件用悪水路を前記(1)のような構造とし、従来町道橋に設置されていた高さ約二〇センチメートルの縁石を撤去したのであるから、そのままでは、本件町道橋を通行する歩行者、自転車が転落する危険のあることが当然予想されたのにもかかわらず、過失によって、転落防止設備を設置しなかったものである。
本件事故は、被告公団のこのような過失によって発生したのであるから、被告公団は、民法七〇九条により、本件事故のため原告らに生じた後記損害を賠償する責任がある。
4 損害
(一) 葬儀費用 七〇万円
原告はなは、正春の死亡により、同人の葬儀費用として右金員を支出し、同額の損害を受けた。
(二) 死亡診断書料 五〇〇〇円
原告はなは、正春の死亡診断書料として、右金員を支出し、同額の損害を受けた。
(三) 逸失利益 一三二三万七四五二円
(1) 年収 一九二万五五一二円
(2) 生活費控除 三〇%
(3) 就労期間 一三年間(死亡当時五四歳)
(4) 中間利息控除 新ホフマン式係数九・八二一一
(1,925,512円×0.7×9.8211=13,237,452円)
(5) 相続 原告らは、各自相続により、右損害賠償債権を相続した。従って、原告はなはその三分の一にあたる四四一万二四八四円、その余の原告らはそれぞれその六分の一にあたる各二二〇万六二四二円の債権を承継した。
(四) 慰藉料 合計一五〇〇万円
正春は、本件事故当時満五四歳の健康な働き盛りの男子であり、一家の支柱であった。
同人の死亡による精神的苦痛を慰藉するためには、原告はなにつき五〇〇万円、その余の原告らにつき各二五〇万円が相当である。
(五) 弁護士費用 一六〇万円
被告らは、任意の賠償金支払に応じないため、原告らはやむなく本訴を提起し、原告訴訟代理人に訴訟委任をするとともに、原告はなが着手金四〇万円を支払い、報酬金一二〇万円を支払うことを約した。
5 よって、原告らは、被告ら各自に対し、損害賠償金の一部として、原告はなは金九三五万円、その余の原告らは各金三七五万円及びこれらに対する損害発生の日の翌日である昭和五四年一二月三一日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
(被告町)
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、原告ら主張のころ、正春が本件用悪水路で溺死したことは認めるが、その余は不知。
3 同3の事実について。(一)は認める。(二)の冒頭のうち、被告町の設置、管理上の瑕疵及び本件事故との因果関係の点は否認し、被告町の責任の点は争う。(1)のうち、本件用悪水路の構造の点は認め、その余は否認する。流水量は農繁期において水深約一メートル程度、それ以外の時期には約五〇ないし六〇センチメートル程度である。(2)のうち、本件用悪水路の両岸の笠木の上縁と両岸の地面の高さが同じであること、本件事故当時、町道橋には欄干、縁石などの仕切りがなかったことは認め、その余は否認する。(3)のうち、本件用悪水路が常磐高速自動車道の真下にあることは認め、その余は不知。(4)は争う。
4 同4の事実は不知。
(被告公団)
1 請求原因1の事実の認否は、被告町と同旨。
2 同2の事実の認否は被告町と同旨。
3 同3の事実について。(一)は認める。(二)の冒頭のうち、被告公団の設置上の瑕疵と過失及び本件事故との因果関係の点は否認し、被告公団の責任は争う。(二)の(4)のうち、被告公団が昭和五三年一一月六日までに本件用悪水路及び町道橋の改修工事をし、本件用悪水路を原告ら主張のような構造としたうえ、町道橋に設置されていた高さ約二〇センチメートルの縁石を撤去したことは認める。その余の点の認否は被告町と同旨。
4 同4の事実の認否は被告町と同旨。
三 被告らの主張
1 町道三一号線、町道橋及び用悪水路には転落の危険性はない。
すなわち、江戸川堤防方面から本件町道橋までの町道三一号線(以下「甲道路」という。)は、改修工事後も本件町道橋に向かって直進しており、甲道路から本件用悪水路への見通しは悪くない。
また、本件町道橋は、改修工事により、北側に約三メートル、南側に約一メートル拡幅され、改修前の約二倍広くなったのだから、改修により、むしろ安全性が高まったのである。
そして、町道三一号線及び町道橋は吉川町郊外の水田地帯にあり、利用者も日中の耕作関係者とその車両がほとんどであって、夜間の通行人は僅少である。従って、営造物の通常の利用方法からすれば、右の各施設には転落の危険性はなかったものである。
2 本件事故は、正春の飲酒、無灯火及び右側通行という法規違反の自転車運転が原因であり、営造物の通常の利用方法をこえた異常な行動によるものであるから、被告らには、営造物の瑕疵に基づく責任はない。
すなわち、正春は、本件事故当日午後七時三〇分ころから、現場附近の訴外小野寺梅治宅に新築祝のため訪れ、同所で午後一〇時ころまで飲酒した。その後、正春は、飲酒により正常な判断ができない状態であるにもかかわらず、勢いにまかせて、前照灯の故障している自転車に乗り、右側通行をしながら甲道路から町道橋に差しかかり、過度に右側に寄っていたため、本件用悪水路に転落したものである。
四 被告らの主張に対する認否
1 被告ら主張1の事実のうち、甲道路が本件町道橋まで直進していること、改修工事の結果、本件町道橋が被告ら主張のように拡幅されたことは認めるが、その余は否認する。町道三一号線の側道である砂利道(以下「乙道路」という。)は江戸川堤防下を通って千葉県野田市や東京都葛飾区に通じている。従って、吉川町内の県道の利用者がう回して町道三一号線を利用することもあり、また、平素も、耕作関係者だけでなく、付近の作業所の従業員や関係業者、吉川町川端部落公民館の会合出席者が日夜利用している。
2 同2の事実のうち、正春が被告ら主張の日時及び場所で飲酒し、その後本件町道を自転車で走行して、本件用悪水路に転落したことは認め、その余は否認する。
第三証拠《省略》
理由
(国家賠償法二条一項に基づく責任)
一 正春が、昭和五四年一二月三〇日午後一一時三〇分ころ、埼玉県北葛飾郡吉川町大字三輪野江字蓮沼二三一七番地一先の本件用悪水路に転落死亡したこと、本件用悪水路、町道三一号線、丁道路及び町道橋が被告町の用に供する公の営造物であること、また、右の各施設は、被告公団が被告町との協議に基づき、改修工事をしたものであること、以上の事実はいずれも各当事者間に争いがない。
二 原告らは、本件用悪水路、町道三一号線、丁道路及び町道橋には設置又は管理の瑕疵があり、これに起因して本件事故が発生したと主張するので、この点について検討する。
請求原因3(二)(1)の事実のうち、本件用悪水路の形状及び構造の点、同3(二)(2)の事実のうち、本件用悪水路の笠木の上縁と両岸の地面の高さが同じであり、本件事故当時町道橋には欄干、縁石などの仕切りがなかった点、同3(二)(3)の事実のうち、本件用悪水路が常磐高速自動車道の真下にある点はいずれも当事者間に争いがない。
そして、以上の争いのない事実に加えて、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。
1 本件用悪水路は、吉川町一帯に敷設された農業用排水路の一つであり、本件事故現場においてほぼ南東から北西方向に走っている。
その従前の形状及び構造は、天幅約五メートル、底幅約二メートル、深さ約一・一五メートルの素堀りの無蓋開渠であったが、被告公団が本件町道橋北側の本件用悪水路の真上に、北東から南西に向けて高架式の常磐高速自動車道を建設した際、その附帯工事として、昭和五三年一一月六日ころまでに高架真下部分の本件用悪水路を改修した結果、天幅、底幅とも約二・三メートル、深さ約一・八メートル、両岸は垂直コンクリート壁の無蓋開渠となった。
また、水深は、農繁期で一・五メートル前後、農閑期で一メートル前後に達していた。
2 一方、町道三一号線は、従前、本件町道橋において、本件用悪水路とやや斜めに交わり、東方(甲道路)から西方に伸びて、県道三郷、松伏線と交わる直線の道路であったが、常磐高速自動車道の敷設により、甲道路と本件町道橋以西の道路とが分断されたため、被告公団は、前記付帯工事の際、昭和五四年二月ころまでに、本件町道橋のやや西側から常磐高速自動車道に沿って南西方向に伸びる道路(以下これを「丙道路」という。)を新たに敷設した。
また、被告公団は、これとともに、分断された甲道路と従前の本件町道橋以西の道路との連結用に、高架下に横道を敷設したが、高架下の本件用悪水路西側に沿って、砂利道(丁道路)をも敷設した。
3 さらに、右町道の付替工事の際、被告公団は、本件町道橋の改修及び幅員拡張工事をし、これによって、本件町道橋は橋の中央において幅員約八・六メートルとなったが、その際、被告公団は、従前橋の両端にあった高さ約二〇センチメートルの縁石を取り壊した。
4 以上の一連の附帯工事によって、本件用悪水路は、その笠木の上端において両岸(丁道路を含む)の路面との段差がなくなり、また、本件町道橋と用悪水路との境に新たに設けられた縁石と本件町道橋の路面との段差は、約二センチメートルとなった。本件事故当時まで、本件町道橋付近において、欄干もしくは防護柵など用悪水路への転落防止設備は何ら設置されていなかった。
また、本件町道橋附近一帯は、田園地帯で、秋から冬にかけて濃霧やもやが発生しやすい地域であるが、本件町道橋附近の道路は、高架の下にあたるため、夜間は周辺より暗くなったのに、高架建設に伴い街灯が撤去された後も、本件事故当時まで何ら照明設備が設置されなかった。
5 ところで、本件町道は、主として地元の耕作関係者によって利用されているもので、さほど交通頻繁ではないが、甲道路の東方の江戸川堤防沿いに、吉川町川端地区公民館、有限会社須貝金属工業所、有限会社鈴木工業吉川工場の施設、事業所があり、地元住民や会社関係者によって少なからず利用されている生活用の道路でもあった。
6 正春は、本件事故当日、午後七時三〇分ころ、新築祝のため前記有限会社鈴木工業吉川工場敷地内にある小野寺梅治方を訪れて同日午後一〇時ころまで日本酒三合程度飲酒し、午後一一時一五分ころ、同人方を出て前照灯のない自転車で帰宅する途中、甲道路を西進して本件町道橋に差しかかり、丁道路に右折しようとしたのであるが、本件町道橋北側の本件用悪水路に自転車とともに転落して水中に沈み、同日一一時三〇分ころ溺死した。
なお、当日は、付近一帯にもやがかかっていた。《証拠判断省略》
三1 右の事実関係によれば、正春は、甲道路を自転車で西進走行して、本件町道橋に至り、丁道路に右折しようとしたが、附近に照明設備がなく、丁道路への安全な右折地点を視認しにくいのにもかかわらず、飲酒して無灯火であったため、町道橋北側の本件用悪水路に接近し過ぎ、誤まって、町道橋と用悪水路の交差する部分の附近から転落防止設備のない本件用悪水路に転落したものと推認することができる。
2 そして、前記認定の本件町道橋及び用悪水路の位置、形状からすると、本件町道橋へ進入する甲道路は、本件用悪水路と直角でなく、東方向から交わっているので、甲道路から丁道路に自転車で右折する場合には、ゆるやかなカーブを描くのが通常である。しかしながら、丁道路は、本件町道橋の西側を曲り、本件用悪水路に接しながら高架下を交差しているのであるから、夜間においては、照明設備がないと、丁道路と本件用悪水路とを肉眼では識別しにくく、右折地点を誤まると自転車の進路が用悪水路上に向けられかねない危険性を有している。そして、そのような場合には、自転車運転者が本件用悪水路に接近し過ぎて転落し、生命を失いかねない危険のあることは当然予測されるところである。
このように、人命にかかわる危険性があるのであるから、本件町道橋及び用悪水路には、丁道路と用悪水路との識別や転落防止のために必要な夜間における照明設備、転落防止設備を設置することが当然要請されるところである。従って、本件事故当時、町道橋と用悪水路の交差する部分の附近において、これらの営造物は通常の安全性を備えていなかったものと認めるべきである。
3 もっとも、前に認定した如く、正春は飲酒して無灯火の自転車を運転していたのであり、これは道路交通法に違反する違法な行為であって、これが用悪水路への転落の主要な原因であったのである。従って、転落という結果のみに着目すれば、違法な行為によって転落する者の転落を防止する必要はないから、その視点から見れば、本件営造物は通常の安全性を備えていたともいえる。
しかしながら、本件町道橋、用悪水路附近に夜間照明設備もしくは転落防止設備の設置が要請されるのは、単なる通行人の転落防止という観点だけからではない。本件用悪水路が前記認定のような構造と水深を有し、一旦転落すると溺死しかねない危険性をもつからこそ、人命尊重の見地から、違法行為による転落の結果であっても、死亡という事態を防止するために右のような設備の設置が要請されているのである。
正春の運転は、法規違反の行為とはいえ、《証拠省略》によると、酩酊状態、すなわち酔って正常な自転車運転ができない程度にまでは達していなかったことが認められ、また、その方法においても道路を通常の用法に従って通行していたのであるから、本件町道橋、用悪水路附近に夜間照明設備もしくは転落防止設備のいずれか一つでも具備されていれば、本件事故は未然に防止することができたものと推認できる。
従って、溺死という死亡の結果とその危険性に着目するならば、本件営造物は通常の安全性を備えていなかったものと認めるべきである。
4 そうすると、本件町道橋及び用悪水路は、当然具備すべき照明設備、転落防止設備を欠いた点で、設置及び管理につき瑕疵のある営造物であり、これがために本件事故が発生したものと認めるのが相当である。
四 責任主体について
1 国家賠償法二条一項の責任主体を決定する要件を、同条項の「設置・管理」や所有権等の権利に求めるべきではない。
なぜなら、同条項には、設置または管理している国または公共団体が賠償責任を負う旨を規定していないから、同条項の「設置・管理」とは、瑕疵の所在を特定する用語、すなわち、原始的(設定、構造)瑕疵か、後発的(維持、修繕並びに保管)瑕疵かを区別する文言に過ぎないと解されるからである。また、設置、管理の義務違反の事実が責任負担の要件ではないことも、同様に条文の文言から明らかである。そうすると、同条項の賠償責任の発生要件は、まず公の営造物の設置または管理に瑕疵があることであるが、これだけでは国と公共団体のいずれが責任を負うのかを定めることができないから、そのためには別の要件が必要になる。その要件は、「公の営造物」であることに求める他はない。条文上他に要件が定められていないからである。そして、「公の営造物」とは公の目的に供される営造物であるから、国又は公共団体のいずれの目的に供されているかによって、責任の帰属が定まり、複数の公共団体の間の責任の帰属も、これによって定まるのである。更に、その営造物がどの公共団体の目的に供されているかは、争いがあるときには、その公共団体の存在根拠を規定する法の目的から決定すべきものである。換言すれば、当該「公の営造物」について、それを一定の公共目的に供するため、営造物としての本来の機能を発揮させる一切の作用(管理作用)を行う権限をもつ国または公共団体が賠償責任の主体となるのである。なお、ここでいう「管理作用」が、同条項の「管理」とは意味も機能も異なる概念であることは、既に述べたところから明らかである。
2 本件町道橋及び用悪水路が、被告町の目的に供される公の営造物であることは、前記のとおり当事者間に争いがない(地方自治法二条三項二号)。
従って、被告町は、国家賠償法二条一項により、本件町道橋及び用悪水路の設置及び管理の瑕疵によって生じた原告らの後記損害を賠償する責任がある。
3 次に被告公団が国家賠償法二条一項の責任主体であるかどうかについて検討する。
被告公団は、前記認定の如く、本件町道橋及び用悪水路の改修工事を被告町との協議に基づいて施行したのであるが(日本道路公団法一九条一項七号)、高速道路の高架下を維持、修繕する目的でなしたものではなく、被告公団は、これらの改修工事の施行者に過ぎないから、これらについて管理作用を行う権限をもたない。
従って、被告公団は、本件町道橋及び用悪水路の設置及び管理の瑕疵について、同条項の責任主体ではないものと解すべきである。
(民法七〇九条に基づく責任)
五 被告公団は、公の財団法人(営造物法人)であるが、現行不法行為法においては、民法四四条、七一五条の要件が具備される場合は格別、個人の過失を離れて、それとは別に法人自体の過失行為を認めうる根拠はないものと解すべきである。
従って、民法七〇九条に基づき、法人の自己の行為としての過失責任を求める原告の主張は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。
六 損害
1 正春の逸失利益と相続
(一) 《証拠省略》によると、正春は、本件事故当時健康な五四歳の男子であり、家庭用電気製品の販売を営んで、昭和五四年度には必要経費を控除した残額一九二万五五一二円の収入をあげた事実を認めることができる。
正春が右収益をあげるために控除すべき生活費は三〇パーセントとみるのが相当であり、就労期間は満六七歳までの一三年間可能であると認める。
よって、正春の死亡時の逸失利益は、新ホフマン式係数により中間利息を控除すると、次の計算式のとおり一三二三万七四五二円となる。
1,925,512×0.7×9.8211=13,237,452
(小数点以下切捨。以下同じ。)
(二) 原告らの身分関係は各当事者間に争いがないから、正春の死亡に伴い、原告はなは三分の一の四四一万二四八四円、その余の原告らは各六分の一の二二〇万六二四二円宛相続したものというべきである。
2 葬儀費用 七〇万円
《証拠省略》によると、原告はなは、正春の死亡に伴う葬儀費用として、少なくとも七〇万円を支出し、同額の損害を受けたものと認めることができる。
3 死亡診断書料 五〇〇〇円
原告はなが、正春の死亡診断書料として五〇〇〇円を支出した事実は、《証拠省略》により認めることができる。
4 すでに認定したとおり、正春には、本件事故当時、飲酒及び無灯火の自転車運転をした重大な過失があり、本件事故は正春の右過失にも起因するから、これを斟酌すると、原告らに賠償すべき損害は、八割を減ずるのが相当である。
5 慰藉料 合計三〇〇万円
前記認定した本件事故の態様(正春の過失を含む)その他諸般の事情を考慮すると、本件事故により原告らが受けた精神的苦痛に対する慰藉料としては、原告はなにつき一〇〇万円、その余の原告らにつき各五〇万円とするのが相当である。
6 弁護士費用 六〇万円
《証拠省略》によると、原告はなは、原告らの弁護士費用を、原告代理人に対し、自己の出捐で全額負担する旨約した事実を認めることができる。
本件事実の内容、訴訟の経過、認容額等審理に顕われた諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある損害として原告はなが被告らに請求できる弁護士費用は六〇万円が相当である。
七 結論
以上のとおり、原告らの被告町に対する本訴請求は、原告はなについては合計金二六二万三四九六円、原告孝春、同正二、同好孝及び同みつ枝については各金九四万一二四八円及びこれらに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五四年一二月三一日から各支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、被告町に対するその余の請求及び被告公団に対する請求はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言及び同免脱宣言につき同法一九六条一項、三項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 菅野孝久 裁判官加藤一隆及び裁判官坂部利夫は、いずれも転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 菅野孝久)